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上杉鷹山、読んでみました

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小説「上杉鷹山」読んでみました。
江戸時代きっての名君と呼ばれる、上杉鷹山(うえすぎ ようざん)
夜中、寝付けに、と思って読み始めたのに、面白くて朝まで読んでしまいました。
米沢藩9代目藩主。
実収入6万両程度に対し、借金20万両をかかえる上杉家存続の危機に対して、若干19歳で当主になってしまった鷹山。
先ずは、どんぶり勘定になっていた、米沢藩の収入、支出、借金の帳票を作成(今で言う、貸借対照表でしょうか)。
それを、全家臣に公表。
ここら辺からして、既にすごいです。
自らの収入も1/7に減額し、倹約を推進する一方、綿花などの農作物を、より付加価値の高い織物(米沢織)にして江戸に販売。米沢鯉や笹野一刀彫相良人形などの開発。
領民の収入アップに成功します。
米沢の未来を担う子供達のために全ての身分も者が学べる学校を開設するなど、使う所には金を惜しみません。
途中、旧重臣たちのクーデターの制圧、天明の大飢饉、天保の大飢饉の2度の大飢饉を一人の餓死者も出さずに乗り切り、
ついに米沢藩は、鷹山の死の翌年、11代目上杉斉定(うえすぎなりさだ)の代で借金を全て返済します。
19歳の時から鷹山は、「領主など、領民に養われている存在。よって、領民の為になる政治を行わなければいけない」と言っていたそうですが、江戸時代にそのような考え方は、かなり異質だったのではないでしょうか。
私、もうすぐ34歳。
社長業は、ピンハネ業。関わりのある方たちが、いい仕事を出来る為の器を大きくしていかねばいけませんね。
しかし、上杉鷹山の引退は、34歳。
既にこの時、自分への権力集中を嫌い、後任育成の為に隠居したそうです。
とほほほ。

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